教員を「辞めたい」と初めて思った瞬間

教員を辞めたいと思った瞬間 退職を決めるまで

この記事には、つらかった時期の心の状態についての記述があります。読んでいてしんどくなったら、無理せずページを閉じてくださいね。

「辞めたい」より前に、「消えたい」に近かった

教員を「辞めたい」と初めて思ったとき。

正直に言うと、その気持ちは「辞めたい」よりも、「消えてしまいたい」に近いものでした。

今振り返ると、あのときの私はかなり追い詰められていたのだと思います。でも当時は、自分がそんな状態だということにすら、気づいていませんでした。

先に伝えておきたいのは、今の私はそこから抜け出せているということです。あの頃の自分に「大丈夫、ちゃんと変えられるよ」と言ってあげたい。その気持ちで、この記事を書いています。

初任の教室で、うまくいかなかった

きっかけは、初任のときの学級経営でした。

何をやってもうまくいかない。「1年目だし、仕方ない」——そう思おうとしました。でも心の中では、毎日うまくいかない自分を責め続けていました。

それでも、「助けて」とは言えませんでした。

任されている仕事だし、一人前として扱われている。だから「困っています」なんて口にしてはいけない。そう思い込んでいました。今思えば、見栄もあったのかもしれません。

土日は教員の勉強会に何度も通いました。どうすれば授業が楽しくなるのか、どうすればうまくいくのか。学ぼうと必死でした。でも正直、空回りだったと思います。

「教員以外の仕事もあるよ」

一番こたえたのは、1年目の5月、校長先生に呼び出されたときのことです。

言われたのは、「教員以外の仕事もあるよ」という言葉でした。

どこを見てそう言われたのか、分かりませんでした。具体的にどうしたらいいかも、何がいけなかったのかも、教えてもらえないまま。ただ「あなたは向いていないのかもしれない」とだけ突きつけられた気がしました。

指導の先生からは「あなたの叱るときの声は、キンキンする」と言われました。声なんて、どうすればよかったんだろう。

学校に来られなくなっている子がいたのですが、それも「あなたの学級が落ち着いていないからだ」と言われました。

責められても、どう直せばいいのか分からない。「分からないまま、ダメだと言われ続ける」——あの頃が、一番つらかったです。

(今あらためて思うと、肝心の子どもたちとの関係がどうだったのか、当時のことをほとんど覚えていません。それくらい、自分を保つのに精一杯だったのだと思います。)

救いは、気にかけてくれた先輩だった

そんな中で、少しだけ救いになったのは、優しい先輩の先生が気にかけてくれたことでした。

同学年の先生は放課後すぐに帰ってしまう方で、仕事のことを相談できる相手はほとんどいませんでした。だからこそ、声をかけてくれる人の存在は、本当にありがたかった。

環境を変えたら、気持ちがリセットできた

最初の学校では2年間働きました。でも「ダメだった」というイメージがずっと自分について回り、2年目もボロボロのまま終わりました。

転機は、結婚を機に別の地区へ異動したことでした。

私のことを誰も知らない場所で、もう一度やり直せた。それが、本当に大きかった。晴れやかな気持ちで、ようやくスタートを切り直すことができました。

あのとき、環境を変えるという選択をしていなかったら——今の私はなかったかもしれません。

おわりに

「辞めたい」「消えたい」とまで思った時期が、私にはありました。

でも、そこから抜け出す道は、ちゃんとありました。環境を変えること、誰かに気にかけてもらえること。小さなきっかけで、人は少しずつ立て直していけます。

もし今、同じように追い詰められている人がいたら——あなたは一人ではないし、状況は変えられます。どうか、自分を責めすぎないでください。

つらい気持ちが続くときは、ひとりで抱えこまないでください。
・いのちの電話:0570-783-556(10時〜22時)
・こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
・お住まいの自治体の相談窓口や、信頼できる人にも、どうか声をかけてください。

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