退職した本当の理由

9年間続けた私が、教員を退職した本当の理由 退職を決めるまで

教員をしていた頃、私は毎朝4時に起きていました。授業の準備をするためです。

でも本当は、4時に起きていたというより、2時くらいから何度も目が覚めていたという方が正しいかもしれません。

「準備、まだ終わってない」
「でも、あと少しだけ寝られる」

そう思っては、浅い眠りにまた落ちる。それを何度も繰り返す夜でした。

授業の準備が間に合っていないことも不安でしたし、このまま寝不足が続いて体を壊してしまうのも怖かった。気持ちが休まる夜は、ほとんどありませんでした。

子どもの睡眠まで削っている気がした

我が家には3人の子どもがいます。

朝6時、まだ眠そうな子どもたちを起こすのが、私の毎朝でした。ぐずる子を見ながら、「この子たちの睡眠時間、足りているのかな」と不安になる。自分の仕事のために、子どもの眠りまで削っているような気持ちになっていました。

家にいる時間は短く、子どもたちと過ごせる時間も少ない。一緒にいられる朝の時間さえ、私はいつもバタバタと余裕がありませんでした。

我が子の参観に、行ききれなかった

両立の難しさを一番感じたのは、子どもの行事のときです。

幼稚園の参観は1時間ほど。でも、園の時間と私の授業時間はズレています。1時間抜けるために、結局3時間分くらいの補習をどう組むか考えなければいけない。

自分の子どもの姿を見に行くだけのことが、こんなに大変なのか。そう思うと、胸が苦しくなりました。

子どもが3人いれば、順番に風邪もひきます。実家の母を頼ったり、病後児保育を使ったり。「どうにか休まずに済ませられないか」と、いつも頭をフル回転させていました。

授業に穴をあけることへの抵抗。朝、急に代わりの先生にお願いする心苦しさ。休むことそのものが、大きなストレスでした。

「自分は足りないんじゃないか」がずっと消えなかった

仕事の面でも、私はいつも不安を抱えていました。

隣の芝が青く見える、と言えばいいでしょうか。ほかの先生はもっとうまくやっている、自分はまだまだ足りないんじゃないか——そんな気持ちがいつも消えませんでした。

校長先生や周りの先生が「大丈夫だよ」と言ってくれても、なかなか安心できない。これは私の心の弱さもあったのだと思います。でも、その弱さごと抱えて毎日を過ごすのは、やっぱり苦しかった。

決め手は、ジョブズの言葉だった

退職を決めたのは、「このままの生活をずっと続けるのは無理だ」と、はっきり感じたからです。

そのとき思い出したのが、スティーブ・ジョブズの有名な言葉でした。

毎朝鏡の前で「今日が人生最後の日だとしても、今日やろうとしていることをやるだろうか」と自分に問いかける。「いいえ」という答えが何日も続いたら、何かを変える必要がある。

私の答えは、何日も「いいえ」でした。

このまま同じ毎日を繰り返してはいけない。変えなければいけないのは、私自身の生き方なんだ。そう思えたとき、退職という選択が、こわいけれど確かなものになりました。

おわりに

9年間、教員という仕事に誇りを持っていました。辞めることは、簡単な決断ではありませんでした。

それでも私は、自分と家族の毎日を取り戻すために、教壇を降りることを選びました。

これから、退職を決めるまでの葛藤や、辞めたあとのリアルを、このブログに正直に書いていきます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました