夢だった教員になったのに、引け目を感じていた|自分を下に見る癖の話

自分を下に見る癖 退職後の働き方

教員は、私の夢でした。

高校生のころから目指して、大学で勉強して、実際になって、現場で働きました。叶えた夢だったはずです。

それなのに。

どこかで、引け目を感じている自分がいました。

この記事では、その正体について書きます。長いあいだ言葉にできなかったことなので、うまく書けるか分かりませんが、正直に書いてみます。

「お金の入り方が違うから」と言われて

フリーランスになってから、ライターの先輩にこう言われたことがあります。

「公務員とフリーランスでは、お金の入り方が違うから」

これは、批判ではなく事実の指摘でした。そして私も、その通りだと思っています。

公務員の給料は、頑張りがそのまま反映される仕組みではありません。成果を出しても出さなくても、決まった額が入る。それが安定であり、同時に「稼ぐ」という感覚から遠いということでもあります。

言われたときは、少し凹みました。でも、間違ってはいなかったんです。

そして、凹んだこと自体が不思議でした。事実を言われただけなのに、なぜ自分は傷ついたのだろう、と。

似たような話は、ほかの場所でも耳にしてきました。お金について発信しているYouTubeチャンネルを聞いていても、出てきます。そのたびに、少しだけ胸がざわつく。

その理由が、長いあいだ分かりませんでした。

でも、本当の問題は職業ではありませんでした

ここからが、この記事の本題です。

長いあいだ、私は「教員という職業に引け目を感じている」のだと思っていました。

でも、違いました。

私は、教員のときもライターのときも、同じことをしていたんです。

同じ職業の中で、いつも上を見ていた

教員だったころ。

同僚を見ては、あの人のほうができる、あの人のクラスは明るい、と思っていました。同じ仕事をしているのに、自分は必死にやらないと届かない。そう感じていました。

ライターになってから。

同じです。先輩ライターを見ては、自分はまだまだだと思っています。

職業が変わっても、癖は変わっていませんでした。

つまり私は、「教員という仕事」を下に見ていたのではなく、同じ職業の中で常に上を見て、その分だけ自分を下に見ていたんです。

問題は職業ではなく、私のものの見方のほうでした。

これに気づいたのは、つい最近のことです。

同僚がまぶしく見えた話

変わったきっかけは、3回ありました

とはいえ、この癖が今もそのままかというと、そうでもありません。少しずつ変わってきました。

振り返ると、変わるきっかけが3回ありました。

1回目|教員になりたてのころ

新人だったころ、私は漠然とこう思っていました。

「ここだけ見ていちゃダメだ」

学校という場所しか知らないまま年を重ねることに、どこか危機感がありました。

今思うと、この時点ですでに「外の世界がある」という感覚は持っていたのだと思います。ただ、それが何なのかは分かっていませんでした。

2回目|育休中に、いろんな職業の人に会った

大きく変わったのは、育休のときです。

学校の外に出て、いろいろな仕事をしている人に会うようになりました。

同時に、お金について発信しているYouTubeチャンネルを聞くようになりました。そこで初めて知ったんです。

自分で稼ぐという世界がある。

会社や組織に属さずに、自分で仕事を作って、自分で稼いでいる人たちがいる。当たり前のことかもしれませんが、学校の中にいた私には、その世界がまったく見えていませんでした。

視野が広がったというより、世界がひとつ増えた感覚でした。

フリーランスになるまでの経緯

3回目|フリーランスになって、お金をいただく大変さを知った

いちばん変わったのは、実際に自分で稼ぐようになってからです。

お金をいただくことが、どれだけ大変か。

そして、お金が流れるようにする仕組みを作ることが、どれだけ大変か。

これを、毎日痛感しています。

仕事を取ってくる。信頼してもらう。納品する。次につなげる。そのひとつひとつに手間と時間がかかります。誰かがお金を払ってくれるということは、それだけの価値を届けられたということなんだと、身をもって知りました。

そしてこの経験は、教員という仕事の見え方も変えました。

最初の1ヶ月のリアルな数字

今、教員という仕事をどう見ているか

自分で稼ぐ側に立って初めて、分かったことがあります。

どの仕事も、誰かがお金を払う価値があるからこそ、成り立っている。

教員の給料は税金から出ています。それは「頑張りが反映されない」仕組みでもありますが、同時に社会がその仕事に価値を認めているということでもあります。

あのとき「お金の入り方が違う」と言われて凹んだのは、私自身がその価値を信じきれていなかったからだと思います。事実を指摘されただけなのに傷ついたのは、自分の中に同じ気持ちがあったからです。

今なら、少し違う受け止め方ができます。

辞めて変わったこと

同じ癖がある人へ

もし今、あなたが同じような感覚を持っているなら。

私からお伝えできるのは、この2つです。

上を見るのは悪いことではない。でも、それは「自分が下」という意味ではない

上を見るから、成長できます。それ自体は悪いことではありません。

ただ、「あの人のほうができる」と「自分はダメだ」は、別のことです。私はずっと、この2つをくっつけていました。

外の世界をひとつ増やしてみる

私の場合、変わるきっかけは全部「外に出たこと」でした。

違う職業の人に会う。知らなかった世界の話を聞く。実際に別の働き方をやってみる。

同じ場所の中だけで比べていると、比べる相手が似た人しかいません。だから順位がはっきり見えてしまう。

世界がひとつ増えると、順位の意味が薄れます。

まとめ|癖はまだあります。でも、少し軽くなりました

正直に書くと、この癖は今もあります。

ライターとして、先輩を見ては自分はまだまだだと思います。それは消えていません。

でも、少し変わりました。

前は「自分が下だ」で終わっていました。今は「あの人はすごい。で、私は何ができるだろう」まで進めるようになりました。

たぶん、これが変わったということなのだと思います。

夢を叶えたのに引け目を感じていた理由は、職業のせいではありませんでした。自分の見方のせいでした。

同じように感じている人が、少しでも楽になればと思って書きました。

辞める前に確認したいこと

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